マインド

「 嫌われる勇気 」とヨガ哲学の共通点

ベストセラー からヨガ哲学へのヒント

みなさん、「 嫌われる勇気 」という青い表紙の本を
本屋さんで見かけたり、読まれたことはありますか?
ドイツ人心理学者のアドラーの著書ですが、
きょうは、こちらの本の内容とヨガフィロソフィーの共通点に注目をしてみます。

「 嫌われる勇気 」

人はいくつになっても、変わろうとする勇気さえ持てば、誰もが変わることができる
という前向きな考え方が、
悩み多き人たちの支持を得て、100万部を超えるベストセラー
2017年にはドラマ化されるほどさらなる注目を集めています。

この「 嫌われる勇気 」という本のなかで紹介される
アドラーの特徴的な思想の1つ、「 課題の分離 」というのは、

 – 自分と相手に境界線を引く
– 相手の課題に介入しない
 – 自分の人生を生きる

という、境界線を知ることで、
背負っている荷物が軽くなり、人生がシンプルになるよという
アドラーからの教えです。

ここから、ヨガ哲学の教え「 カルマの法則 」を
紐解いてみましょう。

ヨガの「 カルマ 」 =  「 行為 」と 「 その結果 」

「 カルマ 」という言葉は聞きなれないかもしれませんが、
サンスクリット語で「 行為 」という意味。
同時に、過去の行為が原因となって生じた「 結果 」を意味します。
言いかえると、
すべての「 結果 」には必ず原因となる「 行為 」がある
ということなのですが、もうすこし具体的にみていきましょう。

 

カルマの法則

わたしは、分かりやすいように
「 カルマ 」=  種を播く作業と言い換えて理解しています。

1つのカルマは、その種が果実となり、収穫するまで、
どんな力をもってしても、消えることは決してない。
私たちの1つ1つの行いというのは、必ず何かしらの結果を伴うということです。

カルマの法則とは、
良い行いをすれば、良い結果を生み、
悪い行いをすれば、悪い結果を導く。
とてもシンプルな法則です。

因果応報 」という言葉がありとても似ていますね。
カルマの法則とは、因果の法則ともよび、
避けることのできない「 原因 」と 「 結果 」の法則のことなのです。

 

同じような失敗を繰り返すのは、
撒きっぱなしの種が原因

「 撒いた種 ( カルマ ) は、収穫するまで決して消えることはない 」と書きましたが、
みなさんは、同じような失敗を繰り返した経験はありませんか?

それは、自分が撒いた種が撒かれたまま、
実を結ばず、収穫されないままだからなのです。

収穫されないままになったカルマは、
その種を撒いた行為者がこの世を去っても消えることはありません。

 

だから、もし何をやってもなぜかうまくいく羨ましいような人がいた時、
その人は、前世でよっぽど良いことをしたのかもしれません。

 

また、自分がいつも同じ失敗をしていることに気づいた時は、
そして、その原因は自分の中にあるのではないか?
と、カルマの法則を思い出すようにしています。

そして、その自分「 カルマ ( 撒いた種 ) 」に気づき、
上手に摘み取ってあげることができると、
次からは同じような繰り返しを避けられるようになるのです。

さぁ、ここまでで、カルマ( 行為 )は、必ず自ら ( 行為者 ) が責任を持って摘み取る必要があること、なんとなく分かりましたか?

 

カルマをごちゃ混ぜにしない

ここで、「 カルマ 」=  アドラー嫌われる勇気の「 課題  」と考えてみてください。

アドラーの 「 課題の分離 」と同じように、
私たち1人1人は、それぞれの「 カルマ = 義務 」を持ち、
それをお互いに背負い合うことはできないのです。

それは、たとえ親子の関係であっても。
切り離して考える、
お互いのカルマをゴチャマゼにしない。

なぜなら、本人の目の前にある現状 ( 問題 )は、
その人のそれまでの行いが、積もりに積もって形となって現れたものだからです。

周りがとやかく言ったり、中途半端な手助けで根本から改善できるようなものではなく、
その人 ( 行為者 )が気づく以外に、乗り越えていく方法はないのです。

言葉で言うほど簡単なことではありませんね!

でも、これは次の「 執着しない 」へもつながることなので、
覚えておいていただきたいです。

 

 

実際にどう実践している?

わたし自身、この 「 カルマの法則 」の考え方を、
特に自分に納得できない時に、思い出すようにしている気がします。 

「 あぁ、もうなんでいつもこうなるんだ?」
そう思ったら、それは、私がまだ自分のカルマ ( 課題 ) をクリアできていないから。
だからまた同じことが起こる。

この世のなかは、
その人が課題をクリアする( カルマを刈りとる)まで、同じ試練が与え続けられるのだそう。
そう言われるとそんな気がします。

自分を納得させることができると、
心がやや落ち着きを取り戻します。

 

まとめ 

 – カルマとは、行為・それによる結果のこと
 – それは本人以外収穫することができない
 – 収穫するまで消えることはない
 – それぞれのカルマがあり、他の人のカルマに口出しはできない

 

家族や友人に対して 

そうは言っても、家族は大事、仲間も大事。
放っておけない、その人を想う気持ちがあったら、見守ってあげましょう。

あなたにできる範囲でのサポートもよいでしょう。
その「 見守る 」という「 行為 」が、
きっとよい 「 結果 」を導いてくれます。

 

でもこの 「 よい結果 」という言葉には注意が必要です。
次回は「 結果」と「 執着 」について考えてみましょう。